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諸連絡: Aachen LÖT2007出席の学生諸氏へ

03/04/07
私の所属研究室以外の方には関係のない内容で申し訳ありません.
本来のこのBLOGの使用目的です.

DVS LÖT2007 (Aachen, Germany, 06/19-21)に参加予定の学生は発表予定と滞在日程を,大至急,私に知らせてください.宿泊,航空券等の手配を検討します.

旅費は発表者は研究室等公的負担,随伴者は私費です.私費としても,見聞を広めるために参加が大いに推奨されます.私費の場合,全旅程,宿泊,航空券の手配は自由です.自身で手配し,私への通知は必要ありません.しかし,修士課程学生は,私的な場合においても,国外旅行日程を専攻会議に事前報告する義務があります.

また,発表者は先般配達されたと思われる学会パンフレットに自分の名が記載されていることを確認すること.ゆめゆめ未だに予稿の発送を行っていないなどということの無いように.

今回のDVS LÖT2007実行委員会は些か混乱があるようなので,DVSからのアナウンスには注意を払うこと.

尚,修士課程には春期休暇はありません.「春季休講期間」であることを忘れずに,研究室には日参し,担当教員と連絡・議論を密にし,精進すること.

(以上)

帰路 -Ohio出張(最終報)-

01/12/07

昨日,昨夜の興奮と緊張からの開放で,睡眠は浅かったがかなり眠った気がした.起床は5:30am.いつも通り.

DaytonにいってWright-Patterson AFB Museumへ,航空宇宙工学者としての聖地巡礼にいこうかとも思った.あるいは,ClevelandのDowntownへ行って,Rock' Roll Hall of Fame とか普通の観光にでもとも思った.

カーテンを開けると,そんな観光気分は粉砕された.小粒の雪のザンザン降り.Clevelandでこうということは,Ohio-Pennsylvania州境の山間地や,PittsburghからMarylandはブリザード?恐怖.

あっという間にパッケージングをし,一斤持ってきたパンにピーナッツバターとイチゴジャムをべっとり塗って,エネルギー補給.ビタミン剤を飲み下して,シャワーを浴び,7時前にはチェックアウト.

ドライブ

帰路のI-80,I-76は有料道路とあって,綺麗にメンテナンスされていた.とても走りやすい道路をぶっ飛ばす.往路と同じようにフロントガラスに雪が当たってくるが,路面が乾いているので,80mphを維持して走る.
結構,急いだが,I-270に乗ってからは60mph巡航を余儀なくされる.Maryland州警察の取り締まり強化なのか,あちらこちらでパトカーがAggressive driverが来るのを待っていた.そして,Capital Beltwayには2時半に合流,即大渋滞.結局,3時半過ぎにGreenbeltに到着.

Cevoret AVEO

今回借りたChevy Aveoは小型車であるが,高速走行時の直進性・安定性はなかなか良かった.また,少々の路面凹凸の吸収も良かった.エンジン始動時に若干何か気にかかるという振動はあったが,それは私が神経質だからということにしておこう.
  エクステリアはアメリカ人でも"Toyota?"というぐらいの日本製コンパクト風.GMと提携しているスズキの生産かもしれない.インテリアはまぁこんな感じかなというもの.長距離ドライブでも腰に負担が来ないシートには感心.ステアリングは小ぶりで,ダッシュボードデザインも含めてちょっとスポーティに振っているのかな.ステアは若干クイック.
  エンジンは,ちょっとダルい感じ.私の基準がEunos500の2000cc-V61),Eunos800の2500cc-V62)だから,直列4気筒1600ccの吹け上がり感に不満を感じるのは当たり前.とはいうものの,トルク不足は否めない3).特にガソリン満タン時はジェントルなスタートはできず,踏み込まなければいけない.
  気にかかったのはガソリンタンクが右後方に集中しているのか,燃料満タン時には右後方車輪の変形が大きいこと.当然,バランスもほんの少し悪くなる.
 いつもの山坂道と街乗りで(TVK「新車情報」)・・・・じゃない,燃費は大体28mpg(11.9km/L).思ったほど良くないね.このクルマで80mphクルーズというのが燃費悪化の原因かもしれない.ちなみにEunos800でも高速のロングドライブを交えれば13km/Lはいく.

で,ガス室

アパートに着くと,なんとなく,嫌な予感がした.ガスが充満していたらどうしようと.ドアのキーシリンダーを慎重に回す.案の定,ガス臭い.自分のアパートのドアと棟のドアを開放して,外で30分ほど待つ.それから,意を決して突入,Patioの窓とBed Roomの窓を全開.Bath roomの換気扇を回し,Ceiling Fanも回す.どうもCOも充満していたようで,ガスコンロとガスオーブンのパイロットランプも消えていた.Denに入り,Heater部屋の戸を開けて,ガスのMain Bulbを一旦閉める.
  Patioの窓を閉め,ちょっと不安だが,Bed RoomとDenの窓は開けたまま,チャッカマンを歩いて買いに行く.
  少々怖かったが,Heater Furnaceのパイロットランプに着火は無事でき,Main Bulbを開けて夜までには暖気でアパートを満たすことができた.それから,ガスコンロとガスオーブンのパイロットランプに点火.

ガス充満アパート.旅の最後にこれはかなり精神的に来た.
とはいうものの,熱いシャワーと熱いバスはありがたい.慣れたしまったAeroBedに横になると,ほっとした.あぁ,この質の低いアパートが我が家になったんだなと思った.住めば都.

しかし,明日の朝は目を覚ますことができるかな?と不安にも思ったので,Ambienを飲んで寝た.

1)160ps/6500rpm, 18.3kgf-m/5500rpm
2)200ps/6500rpm, 22.8kgf-m/4800rpm
3)103ps/6000rpm, 14.7kgf-m/3600rpm

年明けの第九 -Ohio出張(第6報)-

01/11/07

NASA Glenn Research Centerを後にし,Down Townへそのまま向かおうかとも思ったが,微熱気味だったし,シャワーを浴びたかったので一旦ホテルに帰った.

  誰も使っていないときには熱いお湯が出た.助かった.仮眠休養して,また,スーツを着て,ネクタイ締め直して,Severance Hallへ向かった.The Cleveland Orchestraの本拠地.今夜は

  1. Leonard Bernstein, Jeremiah: Symphony No.1
    conductor
    Franz Welser-Möst
    mezzo-soprano Kelley O'Connor
  2. Ludwig van Beethoven, Symphony No.9 ("Choral") in D minor, Op.125
    conductor
    Franz Welser-Möst
    soprano
    Measha Brueggergosman
    mezzo-soprano
    Kelley O'Connor
    tenor
    Frank Lopardo
    bass
    René Pape
    Cleveland Orchestra Chorus

    director Robert Porco

要は第九が聴きたかったとういこと,Cleveland Orchestraで.

Little Italy

こちらのクラシックコンサートはディナーの後に聴くものの様で,演奏は8:00pmから.ということで,まずは,食事.GlennのKen博士にSeverance Hallの近くにLittle Italyがあるからそこで食事するといいとアドバイスされたので行ってみることにした.このあたりはUniversity Circleという学研地域のようで普段は学生であふれかえっているようだ.だが,冬休みなのか,学生は少ない.Little Italyの入り口から右折して倉庫そのままの公共駐車場にクルマを泊めた.3時間$8.00-.

石畳の道路4ブロック分を中心に両脇に2ブロックほどのイタリア系レストランが立ち並ぶ地域だった.入り口付近と奥に聖母を配した教会があり,街全体も落ち着いた,ロマンチックな雰囲気があった.

既に6時を回っていたので,本格的イタリアンは避けて,Pizzeriaで,PizzaとGelatoとCappuccinoにした.多分,普段は学生でごった返しているんだろうなぁという感じの安目で量の多い,お得なお店だった.11"Pizzaをいただいた.アメリカには珍しく生地がカリッと薄く,スライスポテト,ソーセージとトマトソースの素朴な味わいがGood.Gelatoはエアーが大目だが滑らかでキメの細かい生地で自然に舌の上で融けてくれる本当のItalian Gelato.ちょっとお腹一杯のところにCappuccinoは良い消化剤となった.

Severance Hall

Severance Hallは1931竣工のネオ・クラシック様式の外観にアールデコ調内装の美しいホールだった.ホール天井と壁面には漆喰で蔦模様が描かれ,下地には銀箔が貼られていた.金箔でないところが落ち着いた雰囲気で,Cleveland市民の謙虚さが表れているようだった.こういったコンサートホールは,やはり,一種スペシャリティを感じさせるものが必要だと思う.特別な催しモノに来たという高揚感を感じさせるデザインはこのホールの場合十分過ぎるぐらい感じられた.

このホールは2001年に近代化改修を施し,音響効果は最新といえるものだった.360°サラウンド且つ天井から降る音も十分感じられ,しかし,反響音の遅れは殆ど感じさせない,良質な音場を作っていた.もっとも,私の席が前から7列目,指揮者の左後方3席目という好位置だったこともあるかもしれない.Kennedy CenterのConcert Hall (Washington D.C.)やLincoln CenterのAvery Fisher Hall (New York)よりも音響効果は上だと思う.近代化改修時にいたずらにポスト・モダン風内装にしなかったのも好感が持てる.

Cleveland Orchestra

楽団員が入場する.観客席を見回す楽団員もいれば,知人に手を振る楽団員もいる.聴衆も手を振っていたりする.高校の演奏会みたいだ.それだけ,観客と距離が近いこと.また,定期的に来るPatronをしっかり掴んでいる証左だろう.実際,演奏前に寄付者への記念品授与と寄付者のSpeechがあったが,$10millionの寄付だったようだ.

さて,Jeremiah はエルサレムの破壊とユダヤ離散を主題にしているだけあって,悲壮感のあるメロディ.最終楽章は悲劇を盛り上げるというより,静かに嘆く,諦観を示すような終わり方をする.Desperateな気分になる.

あぁ,なるほど,これが今日のProgramのPlotなのね.

Enlightenment !!―"Choral"合唱付の天上に上るかのような高揚感.Welser-Möstは若いのだが,保守的な解釈で指揮をした.しかもとても強いLeadershipを感じた.オーケストラはしっかりとしたユニゾン.正面オーケストラレベルで第九を聴いたのは初めてで,ソロの4声,合唱団の声の力を直に受け止めることができた. 感激.

高額な席だったせいか周囲は老婦人,老紳士が多かった.第四楽章では後ろの紳士はノリノリでパンフレットでリズムを取っていた.私の肩を叩きながら・・・.

演奏後は恍惚感からか暫くの間.そして,万雷の拍手,Standing Obations.私も大満足.

NASA Glenn Research Center -Ohio出張(第5報)-

 01/11/07
 
今朝も寒い.Days Inn AirportはSingle料金でTwin Doubleの広い部屋をあてがってくれた.中庭の凍てついいたプールが見える大窓が部屋を冷やすおかげで,暖房がの暖気が部屋を暖めるのに十分でない.ここでもヌル~いシャワーを浴びて,最大目的地,NASA Glenn Research Centerに向かう. 
 

NASA Glenn Reserach Center 

NASA Glenn Reserach CenterはNASAの前進NACA1)時代に1941年に設立された.米国の第二次大戦参戦のほぼ11ヶ月前である2).風雲急を告げる世界情勢の中で,空軍力強化の意味合いがNACA Aircraft Engine Research Laboratoryを設立させる原動力となったのだろう.Clevelandは北米工業の中心地の一つであり,既に成熟していた自動車産業,鉄鋼業の戦時動員時のサポートも期待されていたようだ.
  戦後,NACAの航空開発局長George W Lewis氏に因んでLewis Flight Propulsion Laboratoryと改称,Lewis Fieldと呼ばれるようになる.戦時体制を脱し,航空推進の研究所として順調に発展し,ジェットエンジン時代を開拓,Apollo計画においても重要な役割を担い,Space Shuttleの設計も行った.1999年に,米国で初めて弾道飛行により周回軌道高度に達した3)John Herschel Glenn, Jr. 宇宙飛行士に因んでGlenn Research Centerと改称した.

セミナー

今回はセミナーでの1時間ほどの講演が組まれていた.
私の学会発表は,大抵,時間に対して多過ぎ気味のPowerPointのページ数で,パラパラ紙芝居のマシンガントークとなる.不思議と英語のほうが舌の回転は速い.しかし,今回は60分に対して45枚程度.余裕をもって喋れた.

前半1/3は所属研究室の研究紹介と自分の研究,Nozzle Skirt Assyのろう付等をした.前日のEWIでも同じことを話し,同じJokeを挿入したが,笑いのツボがGlennはちょっと違ったようだ.TribologistとMaterial Engineerが主だったので,MechanicalなJokeはイマイチうけなかた.

中半1/3は現在行っている"Lunar Brazing Project"の概要.

後半1/3は更に詳細な内容.実験方法,供試材,結果,考察,展望と,EWIでは喋っていない内容で,真剣に聞いていただけた.質疑応答もこのあたりに集中.
結局,既にGlennでは行われている研究と多く重なっており,このProjectはそれらをまとめる一つの方向性を与えることになるとのことで,研究協力が可能というのが一番の収穫だった.ただし,もう少し先に進んだら,ということだが.それに,私は3月末日に帰日.学振科研費があたればそのまま続けられるのだが,だめなら,頓挫かも.

施設見学

研究施設の充実は素晴らしいものがあった.
  大型超音速風洞2棟.ジェットエンジン試験施設.微小重力実験塔.微小重力実験用航空機,格納庫.当然のように,充実した図書館,多くの新鋭分析機器.工場.それに月面の砂地をシミュレートしたサンドベッドもあった.これは感動した.
  また,廊下には掲示板とともに,Publishした論文の別刷りを入れておく棚があった.Goddardでは見ないもので,ここは本当に研究所らしい研究所との印象を受けた.
  Goddardは,特に,Material Engineering Branchは他のProjectのTrouble shootに追われて自分の研究どころではない.設計者というものは,結局,最後はMaterialやTribologyなどの分野に厄介ごとを押し付けるものだ.Joiningまで頭を廻す人は少ない.
  全てを見たわけではないが,それでも十分.研究所の一つの理想形と思われた.
 
講演,ディスカッション,見学,かなり興奮気味で,最後は熱が出ていたようだった.
満足

1) National Advisory Committee for Aeronautics あの翼型のNACAシリーズを作成・整理した機関としても有名. 

2) 欧州情勢は既にノルウェーから東欧,北アフリカに至る中央欧州,地中海は独伊欧州枢軸支配下となり,英国が脅かされていた.また,東アジアでもルーズベルト政権が援助する蒋介石政権は長期化する日本との戦争に劣勢に立たされ,更に日本が枢軸国に合流していた(1940年9月).

3) Юрий Алексеевич Гагарин(ガガーリン)が地球周回軌道を"周回"したのは1961年4月20日.1957年10月4日のСпутник(スプートニク)の成功から僅かに3年7ヶ月だった.John Herschel Glenn, Jr.氏がMercury計画の一環として弾道飛行をしたのは1962年2月20日.その前年,1961年5月25日,J.F.Kennedy大統領がApollo計画を発表している.Apollo 11号が月面着陸したのは1969年7月16日―8年2ヵ月後だった.

Titanium Brazing Inc. -Ohio出張(第4報)-

EWIの訪問は午後3時半までで,その後Titanium Brazing Inc.に行った.
 
Titanium Brazing Inc.はその名の通りチタン系材料のろう材開発を行っている会社.TiBrazeAlシリーズなどのAl基低融点ろう材のラインナップを多く持つ.
 社長のAlex博士が主に開発,生産,営業と何でもこなしている精力的な方で,その上,学術論文や解説記事の著作も多い.ロシア系ユダヤ人で,元々は考古学―特に古代地中海文明からローマ帝国成立前後―を志してモスクワ大学で修士までとっていたそうだ.しかし,60年代当時のソ連ではユダヤ人では大学に席をとることは無理と担当教官に転向を勧められ,金属学に移ったようだ.考古学も金属分析技術は必須だったようで,転向にそれほどのハードルはなかったようだ.父親がЛагeрьで死亡していたせいもあり,ソ連から新世界に移りたかったようで,Пeрecтройка直後に渡米.中々の冒険だったようだ.КГВ出身のПучин大統領には恐怖を覚えるという. 
 
Titanium Brazing Inc.社屋は移転準備中で,それほど多くは見れなかった.アモルファスろう材の製造装置はなるほど今はこうなっているのね.と参考になった.
 
その後,Columbusの中でも結構お洒落な建物ごと古代ローマ風イタリアンレストランでディナー.古代地中海についての薀蓄を沢山お伺いできた.
 Alex曰,「古代エジプトではすでにハンダ付を行っていた.そこから我々はどの程度進歩したか?ヌレやフィレット,母材の酸化,加熱方法など,当時でさえ相当の配慮をして付けていたんだよ.」
「月面でろう付するならヒエログリフを描いて宇宙人に痕跡を残してやらないとね
 

EWI -Ohio出張(第3報)-

01/10/07
 
どうも今回の米国滞在は暖房と相性が悪いらしい.
Road Innの暖房は深夜にブチッという音とともに,冷えた空気を吐き出した.電熱線が切れて,外の空気をそのまま吹き入れるようになったらしい.当然,暖房を切る.毛布を持ってきていたので,包まって寝る.寒かった.
 
翌朝は快晴.昨夜の小雪のおかげで,クルマは雪に包まっていた,特に問題なし.寝不足だったが,約束どおり9時にEWIに着く.
 
Edison Welding Institute (EWI)はOhio州政府とNSFの援助を受け,Ohio State Universityから分離し設立された非営利団体で,英国のThe Welding Institute(TWI)と協力関係にある(あった?).
 接合技術全般の新規研究開発(R&D),他研究機関や企業からの依頼研究,技術コンサルティング,技術教育で成り立っている.また,数年単位のSubscriber契約を百数十社と行い,溶接・接合技術に関するコンサル,情報提供を行い,経営を安定させている.
 年間約300億円の収入があるらしい.非営利とはいえ,準備金にそのうちの2割程度をまわすらしい.それって利益じゃないのかという気もするが,まぁ,いいや.
 
日本で言えば,阪大の溶接科学研究所(JWRI)が大阪府と学振の援助で独立採算になったらという感じだろうか.
 
研究と開発は,まさに,あらゆる接合技術に手を出している.
 タンデム溶接もやっていた,摩擦圧接もやっていた,電磁爆接とでもいうべきものもやっていた.
 得意分野は超音波接合らしい.金属やプラスチックの小型部品への適用が主流だが,大型な機材から,超微細な機材まで取り揃えてあった.
 あと,摩擦攪拌接合.X-Y-Z可動のクロスバーに6軸ロボットを懸架した完全3次元可動の摩擦攪拌接合機が最終稼動試験に入っていた.これは世界初の装置だそうだ.あとはスポット溶接,抵抗溶接と,枯れたと思われているが,未だ需要の高い技術にも注力していた.勿論,ろう付も行っているが,ここでは,ろう材開発は行わず,市販ろう材とバインダ,フラックスの組み合わせ最適化を行っている.これはコンサル業務だろう.
  また,溶接過程のモデリングと各種CAD/CAEソフトへのモジュール提供も準備中とのこと.
 
Battelle Memorial Instituteもそうだが,EWIのように,R&Dで独立採算の機関が成り立つところが,アメリカの強味だと思う.EWIは接合工学という,地味だが,需要の高い分野に特化しているため,成り立ち易い位置にある.基礎研究中心のBattelleが成り立つのは,企業や個人からの寄付金,研究依頼に依るところが大きい.個人設立の機関も多い.独立採算なので,当然,競争的環境の中で旬なものが中心となるだろうが,活力に満ちた研究機関である.
 
日本にもこういったR&D機関が増えると国際競争力が増すだろう.
  小泉内閣が資産の蓄積を,国家と企業から個人へとシフトした政策は正しいと思う.個人資産やそれをもとにした財団による自由な慈善活動や,自由な研究開発活動が広がり,研究開発者の母集団が大きくなれば,確率的に画期的な成果が産出されるだろう.
  もちろん,画期的な成果は,社会が世界の最先端にあり,次世代への壁に突き当たっていること,そして,その問題を認識して,R&DにSolutionを求める,Social Needs Drivenな環境がなくてはいけない.20年後の日本にはこういう機関が多くあってほしいものだ.
 
ちなみに,EWIは日本市場をとても重視しているとのこと.そのうちつくばあたりにEWI Japanなんてできるかもしれない.
 
 

Marylandの奥深さ -Ohio出張(第2報)-

01/09/07
 
先月Frederickの手前まではドライブした
その奥,I-270からI-68にのる.このあたり,Harpers Ferry,Hagerstown,そしてSouth Mountainといえば,Antietum.南北戦争の転回点となるAntietumの会戦の前哨戦となる3つの峠を越える戦いが行われた場所をI-270は通ってI-68に繋がる.West End Games版の戦術級シミュレーションゲーム"South Mountain -Prelude to Antietum-"を何度かPlayしたので,なんとなく感慨ヒトシオ.

Fox峠.今は整ったフリーウェイが通っている.が,当時は果樹園と沼沢地から,峠への街道が細かったようだ.ゲームでも史実でも北軍J.D.Cox将軍の騎兵部隊が峠前に粉砕されそうになるところを,第IX軍Reno将軍の援軍が交通渋滞を起こしながら漸く到着して,どうにか峠を越える展開となる.
  その後はご存知のように,ここを北軍に突破されたLee将軍はMaryland東部とPennsylvaniaへの進軍を止め,Cumberlandに向かった部隊を引き戻し,Harpars Ferry奪取へ派遣した部隊も奪取後即合流するように命じ,防衛・退却しやすいAntietumに部隊集中を図った.
 South Mountain突破後,しかし,
北軍McClellan将軍の行軍は遅く,Cox将軍の騎兵を失った結果ともいえるが,Lee将軍の主力2軍とHarpers Ferry派遣軍を分断する機会を逸する.その結果,Antietumで防御陣地を築いた南軍と正面からの戦いとなる.
 Antietum会戦は南北両軍の痛み分けとなったが,北軍としては南軍の進攻を撃退した初の戦いとなった.Lincoln大統領に奴隷解放宣言をする政治的機会を与え,大義と優勢を対外的に示し,その後,戦略的優勢を得ていく.まさにTurning Pointとなった戦いとなった.

Lee将軍がHarpers Ferryの兵器廠とともに,手に入れようとしたCumerlandは食糧が徴発できる肥沃な土地.今も放牧地と小麦畑,果樹園がなだらかな丘陵に続いていた.このMarylandの西の端が,更に奥に奥にと続いているとは・・・.

I-68Wをひたすら西に向かうと,小雪がちらついてきた.「え?ウソ!」クルマのウィンドシールドにまるでスターレインボーのような小雪の放射.やがて,積雪で路面のセンターラインが見えなくなり,トレーラの轍を頼りに走ることとなる.

しかし,どこまで行っても"Maryland Wild Life"の看板がちらほらと見える.ここはどこ?と,思わずいったんフリーウェイを降りる.Frostburg―フロストブルグではなくてフロストバーグ.独系移民が建てた街かな?.寒そうな街名―よりさらに西.West Virginiaまで4 Milesだった.ロッジ風の売店で板チョコとInter State Atlasを購入.板チョコだけでも元気になる.

West Virginiaに入り,MorgantownでI-79に乗り換える.Morgantownはヨーロッパ風の街.中心に教会の鐘楼がそびえ,谷間に街がこじんまりとまとまっていた.

小雪はどんどん降ってくる.焦っても50~60mph(80~100km/h)しか出せない.結局,I-70に乗り換えたのは日が暮れてからだった.そこからColumbusまで120 Miles.Ohio州の東南部は意外となだらかな山地で,右に左にフリーウェイはゆったりとうねる.疲れもあったが,焦りもあった.80mph(130km/h)でクルーズして,一気にColumbusまで飛ばした

寒さの中,夜のうねり道を走っていると,Eunos500を川和高校下付近でガードレールにブチ込んだ記憶がよぎる.眠っちゃイカン,意識を失っちゃイカンと.ぶっ飛ばした

結局,Road Innという安ホテルに着いたのは夜10時.ありがたいことに,ホテルは大型スーパーの隣.買ったVegitable Setをバクバク食べて,水を流し込んで,熱くなってくれないヌルいシャワーを浴びて寝た

Ohio 出張

01/09/07
 
かねてより,NASA Glenn Research Centerの見学を計画していたのだが,ようやく,行ける事となった.MITのK.M.教授の助言からついでにOHIO州の他の研究所も見学することにした.当初,Edison Welding Institute(EWI),Battelle Memorial Institute,Titanium Brazing Inc.の見学を予定した.いずれもColumbus,OH.Battelleは直前になってキャンセルとなった.
  当初,ClevelandまでAMTRAKで行く計画だったが,Cleveland着が2:30amと夜中.それは危険.それに,不思議なことに,ClevelandからColumbusまでは公共交通機関がGreyhoudしかない.OHIO州は北のErie湖沿いにClevelandがあり,南西端にCincinatiという2大都市がある.そして,州の真ん中にColumbusという都市がある.Cleveland-Columbus-Cincinatiを結ぶ鉄道があってもよさそうなもの.まぁ,夫々の間が2~3時間だからクルマの方が便利ということかもしれない.
  というとことで,Enterprize Rent-A-Carの25%割引クーポンを使って,クルマで回ることとした.米国でのロングドライブは初めて.ちょっと緊張.ルートはGoogle MapのDirectoryにしたがって,こんな感じ.
  1. Greennbelt,MD → Columbus,OH
    Capital Beltway → I-270N → I-70W → I-68W → I-79N → I-70W
  2. Columbus,OH → Cleveland,OH
    I-71N
  3. Cleveland,OH → Greenbelt,MD
    I-480E → I-80E → I-76E → I-270S → Capital Beltway

 

ASM International Online

まぁ、この分野―材料とか、溶接・接合とか―にいる人なら,いつもあの緑の分厚いハンドブックにお世話になっているだろう.そう,あの分厚くて,重くて,しかも何文冊あるのやらわからないハンドブック.ASM Handbook のことである.
 
21分冊+総合索引1冊の計22分冊の大著.きちんとまとまっていて,便利なんだけど,ASM = Air to Surface MissileではなくてAmerican Society of Metals が示すとおり,元はアメリカ金属学会のことで,単位系が未だにSIに統一されていない部分も散見されたり,材料規格名がISOに合っていなかったり,という不便さもある.とはいうものの,自分の分野に近い分冊を持ってはいたいもの.これと「金属データブック」があれば,結構,事足りたりすることもあるし,暇つぶしにちらちら見ていると,ほぉ~そうなのか,ということもある.
 
さて,ASM International Onlineというサービスがあるのはご存知だろうか.Subscribeすると,なんとあの22分冊のASM Handbook がオンラインで全部読めてしまう.全部読むのは大変だろうけど,とても便利なのは,知りたい材料について検索ができる点.特に,材料名と特性をキーワードに,それらをまとめた表を全部引っ張ってくることができること.資料として,あるいはcitationとして使われていることを意識しているためか,右クリックするとフローティングメニューにMS Excelにエクスポートするメニューまである.これは久しぶりに超感動したサイト.いや,普通の人は全然感動しないんだろうけど・・・.
 
感動のあまり,ASM Internationalの単年購読を申し込んでしまった.$108.00-.しかし,気がついたら,ここNASA Goddard Space Flight Centerは図書館が購読契約をしていて,個人契約をする必要がまったくなかった.ここはアメリカだから通販のようにRefundってできるのかなぁ・・・.
 
それより,Alloy Phase Diagrams Center Online!を購読したいもの.ASMの三元系状態図集などは,これまた,何文冊あるんだろう,しかもダンベルのように重い.図書館でコピーして,研究室でスキャナーで読み取って,Corel Draw!でトレースして,使いまわすということをしているけど,このサービスだとgifファイルで落とせるらしい.これも便利.是非,購読したいもの.
 

JAAA2005

今日,明日と市ケ谷の自動車会館でJAAA2005というシンポジウムが開催されています.
 
JAAA2005 =
International Symposium on Joining Technologies in Advanced Automobile Assembly 2005
(21世紀の自動車における接合技術)
 
シンポジウムの題名のとおりですが,自動車の生産に使われる接合技術に関するシンポジウム.昨今はアーク溶接以外に,レーザ溶接,レーザろう付けや,摩擦圧接,FSWなど多種多様な接合方法を用いて自動車を生産しようとしています.高品質な製品を低コストで短納期で製造するためのあくなき挑戦ですね.
 
名古屋万博なんかのような総花的でさわりだけの博覧会とは違って,分野限定ですけど,専門性の高いシンポジウム.応用用途がはっきりしているので,聞いていてわかりやすく面白いですよ.
 

Poster製作

World Tribology Congress 2005 (WTC05)用のポスターを作製中.
 
WTC05は,今回,異様に巨大な会議になっているみたい.なにせ,Poster Sessionが300件,Oral Sessionが600件.米国 Washinton D.C. の Hilton Hotels & Towers で開催されるけど,会場は大混雑なんだろうなぁ.900件の発表ということはその3倍の2700人ぐらいは参加するんだろうから.なんとも巨大な国際会議.9/12-16の開催予定.テロに見舞われなければいいけど.
 
しかし,ポスターも製作難航中.Extended Abstarct (Proceedings)をちょこちょこっと切り貼りして終わりにしようかと思ったら,何故か図は全部新作に・・・
 
徹夜したくない.また帯状疱疹になってしまう.でも,徹夜しないといけないかも.