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Lang Lang performs Tchaikovsky with the NSO

05/17/2007

いや,このコンサートを聴きに行くときにはもう論文も報告書も全部終わっていると思ったのだけどなぁ・・・.

NSOのチケットをネットで購入すると,もれなくE-Patronなるものになれる.要は会員登録されましたということ.会員登録されると,定期的に,あるいは,イベントがあるたびにDMが入る.

今回は,Lang Langのチャイコフスキー ピアノ協奏曲第一番.う~ん,NSO,また王道をいく名曲だ.しかも,Lang Langだから,客が呼べるだろう.ということで,私も早速ネットでチケット購入.

さて,プログラムはこんな感じ.

    1. ENESCU - Romanian Rhapsody No. 2 in D major, Op. 11, No. 2
    2. HIGDON - City Scape
    3. TCHAIKOVSKY - Piano Concerto No. 1 in B-flat minor, Op. 23

ジョルジュ・エネスクの「ルーマニア狂想曲」は初めて聴けたが,なかなか楽しめた.ソナタ形式ではなく,次々と新しいロマン派風な聴きやすい旋律が現れていくので,結構,意外性があっりしたからだ.HIGDONのCity Scapeの方が,より,前衛的なのかもしれないが,ルーマニア狂想曲の方が新鮮だった.

Lang Langの演奏とあって,客層は珍しく中国人が多かった.残念だったのは,あまり,クラシックコンサートを聴きに来る方々ではなかったようで,マナー違反が多かったこと.演奏中のフラッシュ焚き撮影.幼児連れ.ステージ奥上方に陣取った,両親と祖父母に挟まれた小皇帝達は手摺りを鉄棒代わりに遊んだり,身を乗り出してステージをを覗いたり,中々の傍若無人振り.どうも指揮者Slatkinの目にも入っていたようで,袖に帰るときに頭を振って,非常に不機嫌だった.楽章が終わる毎の拍手は仕方ないとして,Lang Langの独奏パートが終わると拍手というJazzっぽいリアクションは苦笑ものだった.まぁ,ある意味アリかもしれないけど.世界人口の割合を考えると,将来はこのような楽しみ方が多数派になるのかな.

席が4列目の一番左.もう少し内側に座りたかった.できれば中央ちょい右ぐらい.そうれば,小皇帝達もSlatkinとピアノに遮られて目に付かなかっただろう.それに,Lang Langの表情が見えたに違いない.

17,18,19日と三連日公演の初日,袖から出てきたLang Langは些か緊張気味に見えた.ボタンが紐留めのマオ・カラーの黒いスーツ.散切りだけど短髪.最近のCDジャケットのビジュアル路線からすると地味?

演奏中のパフォーマンスに注目といわれていたが,そのとおり,その手の上げ,頭の振りは不要だろう!!というぐらいのオーバーアクション.しかし,メリハリの利かせた解釈で,音色,タッチの多彩な技巧派的な演奏だった.かなりガンガンと強烈に鍵盤を叩いているように見せて,その実,音色を切り替えていたりして,かなり計算していたようだった. 器用なのねぇ.

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番.有名な最初の入りが無事終わると,リラックスしてノって来たようで,アクションは大きくなっていき,他のパートやSlatkinと対話をするように目を合わせたりと,楽しんで演奏していた.こうなると観客としても楽しくなる.JazzセッションのようなClassics演奏.

演奏後,Standing Ovation,万雷の拍手.気を良くしたのか,珍しくアンコールに応える.予想外のようで,Lang Lang自ら曲名と短い説明をする.「春舞」中国風タンゴ.ダイジェストでなく,10分以上の完奏.

かなり楽しませていただいた演奏会だった.

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Photo of Kennedy Center

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GRAPHIC: NSO Lang Lang in Concert

Upcoming event

Photo: Lang LangLang Lang performs Tchaikovsky Sit in the Orchestra for as low as $45.
Like a thunderbolt, Washington favorite Lang Lang has gone from young piano prodigy to international superstar... and mesmerized the world with sold-out concerts and chart-topping recordings. May 17-19, the keyboard sensation returns to the National Symphony Orchestra with Tchaikovsky's Piano Concerto No. 1. For three concerts, he performs this enormously popular masterpiece, considered by many the epitome of the romantic piano concerto.

Praise for Lang Lang

  • "From the instant his fingers touch the keyboard, Lang Lang offers utter, uncompromising pleasure." - Los Angeles Times
  • "Extraordinary power... he makes the piano a natural extension of himself."
    - The New York Times
  • "Deeply talented... sets off sonic fireworks" - The Washington Post

「機動戦士ガンダム」と"Star Wars"

私はガンヲタではない.

たとえ,昔,「マニアじゃない!」と替え歌を歌っていたとしてもだ.大体「機動戦士Zガンダム」は印象に薄いし,「―ZZ―」に至っては全部見ていない.いわんやその後の「―W」,「―G―」とか"タネ"とか"運命"をやである. "ひげ"は観てみたいが,時間がない.

ガンダムは「一年戦争」に始まり,「一年戦争」に終わる.それでいいのだ.

1979年当時「機動戦士ガンダム」はGeorge Lucus監督"Star Wars"のパクリにも思われた."Star Wars"は悪の帝国から銀河に自由と民主主義を復活させるため,超能力を持ったJediが活躍するSpace Opera.一方「機動戦士ガンダム」は独裁国家ジオン公国がはじめた非道な戦争から地球連邦という国連にも似た組織が地球圏の秩序を復活させるため,超能力を持ったNew Typeが活躍するアニメ.設定が似ている.大体,シャア・アズナブルなる仮面の好敵手は,Darth Vaderのパクリだろうといえなくもない.

しかし,"Star Wars"と「機動戦士ガンダム」は類似な設定から異質な作品へと変化していく.

Star Wars の帝国は初期三部作Episode IV,V,VIを通してデザイン以外の設定の厚みが増されなかった.軍の指揮系統や皇帝って? 大体Vader卿の帝国軍内の位置付けも不明.I,II,IIIでは帝国の成立までが示されるが,"悪"というのはSithという邪教的宗教で超能力を持ち,その軍隊はクローンにより構成される無個性なもの程度.アメリカ人の考える悪の要素がすべて詰まったかんじ.
LucusはEpisode VI以降は製作しないと公言しているが,脚本が作ることができないのが正直なところではないだろうか.敵であるSithは滅殺され,残党を組織できるほどの大義もない悪.Jediの相手になる壮大な敵は作りようがない.別にMark Hamil の頭頂と生え際が危なくなったからではないと思う. 

一方,「機動戦士ガンダム」は敵は最初からシャア”少佐”であり,ドズル中将という上司もドレン中尉という部下もおり,組織が構成されている.主人公たちは士官候補生と難民であり,地球に降下後には敵であるジオン兵も個性ある人間として描かれる.そして,ギレン総帥によるガルマ・ザビ大佐国葬での演説.敵側も見方側も一般人から軍組織,政治に至るまで立体的に設定された大河ドラマへと発展していく.だからこそZ,ZZと時代を受け継いでいくことができる作品となった.また,どちらの側で描くこともできるので,マーケティング的に有利かもしれない.

大体,日本人はこの手の大河が好きなのだ.あの「源氏物語」でさえも,光源氏と女性達の恋愛とともに政治が背景に描かれる.1,000年以上前にこのようなフィクション作品を作り出しているのだ.「平家物語」も源氏,平氏,木曽源氏,藤原氏まで人間的に描かれている.どの人物も悪の権化ではない.日本的作品というのは登場人物が抗いきれない時代の流れ,運命の中で右往左往する様を描くものが多い. まぁ,近松「女殺し油地獄」のようにどうしようもない放蕩息子が,どうしようもないことしでかして,どうしようもなく女を手に掛けるっていう作品もあるけど.

「機動戦士ガンダム」が実写映画でハリウッドからの配給だったら全世界で大ヒット? どうだろうか? アメリカ人とて多面的に事物は捉えるられる.民族が違っても人間ってそんなに変わるわけではない.しかし,世界規模のマーケットでマスに売るにはStar Warsのような単純化が必要かもしれない.メッセージは単純に最大公約数的にしなくてはいけないのかもしれない.商業主義の寂しさ.

MS Igloo Apocalypse 0079 第3巻「雷鳴に魂は還(かえ)る」

現在の地球連邦軍にいかほどの戦力が残っていようとそれは既に形骸である.
敢えて言おうカスであると.
ジーク・ジオン!!
    ― ギレン・ザビ総帥 ア・バオア・クー UC0079.12.31

ギレン閣下のアジ演説から既に目が潤む.もうジオン公国の命運は尽きており,その墜ちていく運命を薄々感じながらも鼓舞された将兵らは掉尾の炎の如き勇気の輝きを放って散華に飛び発って逝く.目頭が熱くなり,嗚咽を抑えながら観るしかない.

昨年8月末にリリースされた,「MS Igloo Apocalypse 黙示録0079 雷鳴に魂は還る」.「機動戦士ガンダム」の「一年戦争」のインサイドストーリーとしてジオン公国軍の試作兵器実験部隊の悪戦苦闘を,Full 3D CG アニメで描く作品.既に「MS Igloo」の3作と,それに続く「-Apocalypse 黙示録0079」シリーズで2作がリリースされている.今回はその最後の作品.

「ジオン独立戦争」(「一年戦争」の公国側呼称)の最後となれば,当然,舞台はア・バオア・クー攻防戦.「機動戦士ガンダム」のジオン公国は,政体は蒋介石政権,格好・スタイルはナチス・ドイツ,心理は大日本帝国という趣.敗戦国日本に育った日本人ならば,この末期的な状況の中で究極の自己犠牲を要求され,それに応え奉げる,不条理さと美しさに心震えることだろう.そんなの関係ネーヨと笑って観ていられるほど”リベラル”な人間は信用できない.大体,この手のPatriotism,Faith,Royalty,love,self-sacrificeはそこそこ普遍性を持っているので,日本人でなくても感じ入ることはできる・・・はず・・・かな.

さて,その辺はいいとして,ストーリーは是非鑑賞して確認して欲しい.Endingは悲惨なものではないので―脚本は富野由悠紀ではない―ので安心して(?)観れるはず.映像については「Full 3D CGアニメもここまで漕ぎ着けたか」という出来映えだ.勿論ガンダムというメカ系SFの作品なので,matchingが言いといえばそれまで.

人物の動きはMotion Capturingで実際の俳優さんの動きを取り込んで,CGキャラクタを被せるという従来の手法.俳優さん方がSuper Excentric Theatre所属.そのため,キャラの演技が舞台の演技で動きが大袈裟でもあり,ある意味,ステレオタイプ的でもある.映画的な演技ではないのが残念だ.表情の動かし方も,つまり,顔の表面形状の動かし方も,イマイチ自然さが足りない.Motion CaptureならぬFace Expression Capturingという技術ができれば解決できるのだろうか.それをキャラクタの年齢,性格,そのときの状況等とともにデータベース化していけば,俳優さんなしでもそのうちCGアニメが作れるようになるだろう.

もしかしたら過去の名作映画からキャプチャしていくだけで,動作,表情を含めた演技のデータベースはできるかもしれない.Full-3D-CG "Charlie Chaplin"とか,Full-3D-CG "Ingrid Bergman"とか過去の名優が再現できるのならそれはそれで面白い.Natalie Coleが父親であるNat "King" Coleと映像,マスターテープの切り貼りで"共演"した"Unforgettable"は面白かった.これがFullで作れれば尚面白いだろう.マルっきり時祭イブじゃんといわれればそれまでだけど・・・.

しかし,そのとき,その俳優の演技とか人間性は知財や意匠に成り下がってしまうのだろうか.遺族がデータベース会社を訴えたりして.

Knight Rider

ごめんなさい,世代が古くて,お若い方にはわからないギャグを言ってしまいました
別に,往年の人工知能搭載自動車とは関係ないし,製造者を見てもナイト財団謹製ともかかれてはいない
Knight Riderを参照してください.壁紙とかあったりして,懐かしかったりします.