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過年度伝票

2009/04/03

先月末、学位記授与式が終わり、修士、学部学生が修了、卒業していった。

今年度の学生さんたちはGWに来校する積りらしく、机を綺麗に片づけていかなかった。卒業式の数日前、とりあえず、図書館への未返却本や重要書類を押収しなくてはいけない。引出しを開け、バサバサと昔のシラバスやら、大学生協のチラシやら、意味不明のメモやらを右に左に寄せる。と、その中からあろうことか伝票が出てきた。しかも昨年度のもの。

まずは業者に電話し、詫び。次いで、経理書類を急いで作成し、理由書ーつまり詫び書を添えて提出。

一週間して経理より電話があり、過年度分の伝票は大学としては払えないとのこと。昨年度末に理由書を付けても払うことは罷りならぬという通知があったはずだとの旨、周知済みとのこと。では、この伝票の支払いは如何と問うに、返事無し。
 いや、こちらとて判っている。業者に新年度に受注、納品、請求したとの書類を書かせろと言外に要求しているのだ。しかし、納品時の検印を他教員あるいは事務員にしてもらうことになっている。既に納品されているものを今日納品されましたゴマカシ印を押してくださいなどと頼むことなどできるわけがない。公文書の偽造、詐欺を共犯してくださいと同僚にお願いしていることになる。経理事務員とて、それを口に出しては教唆になる。

 「では、この支払いをどのようにすればよろしいですか?参考までに解決法を教えていただけませんか?」

これは厭味に聞こえただろう。無論、先方無言。私もホトホト我が弱い。伝票をきっちり学生から回収していないのがそもそも悪いのだ。

 「了解しました。私が自腹を切ります。それでヨロシイですね。」

無論、同意を口にできるはずもない。法人運営に必要な設備を職員に買わせるのだから。

結局、10数万円とはいかずとも、定額給付金の数倍になる研究機器を私物にしてしまった。徹底的に洗浄して重金属を取り除けば、自宅に持ち帰って使えるかな?

定額給付金

定額給付金のお知らせが届いた。

一応大学教員なので文化人や知識人を気取って定額給付金に批判的でないといけないのか知らん。麻生政権の景気対策には効果がないなどと反体制的な反骨精神を見せなければいけないのかも知らん。

しかし、さもしい私は素直に喜んで、免許証と通帳のコピーを書類に添えて返送。あとは入金を待つばかり。

そもそも、定額給付金は麻生景気対策70数兆円の一部だと、聞いている。「麻生 景気対策 内容」でネット検索をかけると、内容に関しては殆ど検索結果が引っかからない。致し方ないので首相官邸のHPへ。

景気対策3段ロケットをみると、意外とわかりやすく内容が整理されている。雇用対策、中小企業支援対策、生活者支援、成長力強化、農林水産業対策、 住宅・防災対策などなど。悪く言えば総花的だが、経済評論家やテレビコメンテータが「定額給付金よりこちらを…」と触れる事柄は網羅されている。特徴的なのは、社会基盤整備などの箱モノ公共事業がない、あるいは、主眼を置いていないこと。失業者保険や中小企業融資、定額給付金、省エネ投資・開発支援、子育て支援等々、ソフト面の支援が並ぶ。ある意味、どれもこれも、お金のバラマキ。しかし、従来の公共事業でバラマカれていた向きはおこぼれの額が小さいようだ。

公共土木事業批判、高齢者対策、少子化対策、環境対策と過去10年ぐらい声高に叫ばれてきた政策が反映されているので、まぁ、喜ばしいのではないか。そうそう批判する必要もあるまい。

ということで、定額給付金はありがたく頂戴して、政府の意図するところのとおりに消費活動に向けたい。

もしも、定額給付金受給に反対、躊躇しておられる方がおられれば、是非、当研究室に寄付をしていただけないだろうか。環境関連技術の研究、将来の日本を担う若者の教育を熱意をもって遂行しているので、例え、12,000円でも無駄になることはないと思う。

Airbus A380

2008/06/15

デカっ

っというのが最初の印象.遠目に見るとそれほど大きく感じない.しかし,尾翼も,エンジンも,胴体も巨大だから全体のバランスからずんぐりした飛行機に見える.
 成田空港にエアバスA380を見に行った.シンガポール航空のA380は到着がSQ638便,定刻07:30am.出発がSQ637便, 定刻11:30am.いずれも第一ターミナル南ウィング46番ゲート.残念なことに,第一ターミナルの展望デッキから一番遠いゲート.出発は,出発ラッシュの頃なので,導入路上でいろいろな機種とすれ違い,大きさの比較ができるのが楽しい.
 2009年夏にはエールフランスもパリ-東京路線にA380を投入するとか.今のスケジュールのままとすれば,第一ターミナル北ウィング11場か17番ゲート.どちらも展望デッキから遠いなぁ.第二ターミナル63番ゲートは本館とサテライトの間になるので,こちらに駐機はできないかもしれない.
 間近で見るにはチケット買って乗ってみるしかないんですね.

A380とB747

秋葉原通り魔事件

2008/06/22

事件夜さて,買い物に行ってこようかな.静音ファンとS-ATA⇔IDE変換コネクタと…あとアレキサンダ・ケバブを食べて…

などと考えながら研究室からでる支度をして,何気なくWebブラウザを開くと「秋葉原通り魔事件」の速報がトップに出ていた.
呆然.
トラックが突っ込んで,更に,ナイフで殺傷.17人が被害.5名死亡―最終的に7名死亡.

通り魔?テロじゃないの?

社会不安を抑制するためか悲惨な事件も控えめに表現する報道に反感を覚えたが,これは個人が個人的な理由で起こした「通り魔」だった.別段政治的メッセージもなく,自らの境遇を嘆いた果ての暴発だった.それで7名が帰ってこないというのは,なんとも,悲しいとしか,心寒いとしかいいようがない.

これから先どうすればいい?と考えても,個人的な理由から起こされた大量殺人に社会システムでどうこうできるものだろうか.トラックどころか原付でもやろうと思えば何人もの人が殺せる.やろうと思う状況に陥らないように,踏み外さないように,自分が努力するしかない.そして自分の周囲がそう陥らないように関心を持つようにするぐらいだろう.

 

ところで,秋葉原の歩行者天国が廃止されていたが,通り魔事件の防止に何が関係するのかさっぱりわからない.むしろ,歩道を混雑させるだけ,トラックが突っ込んだ時の被害者は激増するのだろうし,混雑する歩道で刃物を振り回されたら,余計に殺傷人数が増える.防止するのなら,中央通りだけでなく,電気街口UDX側ロータリーから昌平橋の通りまで,十文字に,歩行者天国とするべきだろう.

青いなぁ

2008/05/27

青は好きな色の一つだ.空の青,海の青,月明かりの青と自然の中の青はどれも美しい.こういったイメージから「希望」「冷静」のイメージを青は伴うことがある.一方で,「寒さ」や「鬱」なども青が象徴する.交通機動隊員に青キップを切られたときには鬱になり,反則金を払うときには懐が寒くなる.

反則金のごときは痛いは痛いが,お金で解決できること.それができないと,本当に青ざめる.
仕事のパソコンパソコンで文書作成中にパソコンがブルー・スクリーンになった…号泣
ご存知のようにWindows系OSは深刻なエラーが発生すると画面が青くなり,白文字で意味不明の文言を表示して,巨大なメモリーイメージをダンプする.エラーコードを控えて,Googleでも使って検索すれば,そこそこ何が悪いのかはわかる.便利な世の中になったものだ.大抵は何かのデバイス・ドライバがおかしくなっていたりする場合だ.
しかし,作成中の論文がトブのはなんとも悲しいものだ.MS Wordが定期的にバックアップを取ってくれているとはいえ,最後のバックアップと飛ぶ瞬間までの間の文章,図表は消える.残るのは徒労感.

週末はOSの入れ直しですね.

【ニコニコ動画】高速ぬっこぬこ!!!+谷山浩子「ブルーブルーブルー」
Windows Live Spacesではiframeを入れられないようですね. Windows Live Writerでは表示されているのに悲しい

 

SharePoint Service

04/08/2008

学部四年生の研究室配属が明日決まるので,その前に,研究室のサーバのお手入れをしたパソコン

これまではDHCP,DNS,Active Directory,ファイルサービス,IISを1台のPentiumIIIマシンに負わせてきた.OSはWindows Server 2003+Service Pack 2.DHCP,DNSはそれでもいいかもしれないが,Acrive Directory Domain Controler (AD DC)が1台というのも心もとない.ということで,Windows Server 2008をCeleron(2.4GHz)マシンに導入し,Active Directory DCが2台の冗長な構成にした. これで一安心天使

AD DCも2台になったし,サーバのスペックも上がったので,かねてからやりたかったグループウェアMessenger のアイコンの導入.お金も手間暇もかけたくないので,Windows SharePoint Service 3.0をインストールする.
 SharePoint Service (SPS) はWebベースのコラボレーションツール.IEやFirefoxなどのブラウザでWebサイトにアクセスするとグループのホームページが,既に出来上がっている状態で,表示される.これを構築する必要がないのが楽.Active Directoryがあるので,サイトへのアクセスは認証がデフォルトで用意される.楽だ飛行機
 ホームページには"お知らせ","予定表","リンク"などが用意されていて,すぐに使える.Office Onlineのデモのように使いこなすのは少々時間がかかると思うが….

あまりに導入が楽なので,調子に乗って,GroupBoardも入れた."行き先掲示板","回覧板","電話メモ"と馴染み深い業務慣行に沿ったテンプレートを提供するSSPのアドオン.
 しかし,ん~,機能が盛り沢山になってよくわからなくなってきた.そう思ったら,学生に諌言をいただいた.

―吾思うにシンプルなものから始めるべし天才
―ウム,賢言也哉考え中

ということでGroupBoardはアンインストール.しかし,GroupBoardの痕跡がSSPのホームページに残ってしまった.どうやったら消せるのだろう??

まぁ,ボチボチやっていこう.学生も大学でグループウェアに馴れれば,企業に就職後も特に違和感なく業務に入れるだろう.少なくとも,「グループウェアって初めて見た」なんて未開人なコメントしないだろうなぁペロリ

再インストール

04/06/2008

ノートPCを富士通FMV-T8140に乗り換えて2ヵ月ぐらいに経過した.VistaにSP1を当て特に問題はなく動いていたが,逢う日突然(笑)ネットワーク接続ができなくなった.レジストリ最適化ツールの使いすぎだったかも….あるいは起動を早めるために切るサービスを間違えたのかも.などと考えつつ,どうしようもないのでOSの再インストール.今回はSP1が最初から当たったVistaのDVD-ROMからインストールしたので,多分,パフォーマンスは改善されるだろう.

面倒なのはOSのインストールの後.アプリケーション群の再インストール.結構,たくさん入れているので,非常に時間がかかる.とりあえず,Windows Update.ディスプレーやチップセットの新しいドライバを入れる.そして,富士通のドライバ,ユーティリティ類を入れる.そして,また,Windows Update.その後,おもむろに,Daemon Tools.

Microsoft Office 2007 Ultimateをインストール.Word,Excel,Outlook,PowerPointは常用.オプションの数式エディタも忘れずに.OneNoteも使い慣れると便利.最近,Accessを使っていない.Publisherは発表用ポスターを作成するときだけかな.InfoPath,InterConnectは使い方がわからんので,ボチボチ弄って遊ぼう.Grooveは弄りたいけど,どうも,独りでは遊べないようだ.ついでに,Visioを入れる.機械部品の製図には割と使えるので.

次にプログラミング系.当然,Visual Studio 2008とMSDN Library.このインストールは時間がかかるので,その間に風呂に入る.身体がポカポカ暖まっている状態で,Intel Math Kernel Library.これは数値計算に使う,MKLのBLAS,LAPACKのヘッダーファイルはちょっと特殊なので,他の数値計算コードをコンパイルするために,clapackをダウンロードして展開,makeして.lib,.dllを作る.今回はnetbeansは見送る.Javaは暫く使わないだろうからだ.

これで最低限,お仕事はできる・・・かな? いやいや,GNUPLOTが必要.それから,MathematicaとSciLabを入れる.どれもグラフを描くのに使うし,後二者は数式を扱うのに便利だからだ…というより,Mathematica使わないと,数式が扱えないほど脳が退化してしまった.でも,いずれもコマンドライン入力で,しばらく使わないと,コマンド自体を忘れてしまうんだよね.

そして,長年のお付き合い,Corel Draw.今回はCorelDraw Graphics Suite X3.コーレルの製品はDraw 4.0の時からのお付き合い.操作に慣れてしまっていて,他のお絵描きソフトは使えない状態.それに,文献に載っているグラフのトレースに非常に便利.

それから,Endnote X1.言わずと知れた文献管理ソフト.Endnote Webも入れておく.お仕事に使うのには,更に,Abaqus 6.7 SE.汎用有限要素解析ソフトの学生版.大学の計算機センターにアクセスすればAbaqusのフルバージョンが使えるが,まずは手元でということで.TurboCADも入れておこうかと思ったが,必要になったらでいいか….そうそう,計算機センターへのアクセスに必要なので,Cygwinをインストール.

最後に,Windows Live OneCareと,諸々のLive製品群.そして,Windows Update.

う~ん,初期導入だけで30GBを使ってしまった.

教科書

04/01/2008

昨年末あたりはニコ厨というぐらいににこにこ動画を観ていた気がする.アニメを継ぎ接ぎしたMAD作品とかはかなり楽しませて貰った.既存の映像作品を再編集して一つの映像作品にするにしても著作権の問題は避けて通れないようようだ.権利者が異議を申し立てて削除される動画もある.

ところで,大学で用いている教科書などは著作権はどうなるのだろう.図版を掲載するか,文章を引用するとかという単純な問題でなく,章立てとか,現象の説明する順序,仕方が似たり寄ったりだと,剽窃に当たるのだろうか.

CIMG0011vga先日,金属関係の熱力学データを調べていたところ,古い本にでくわした.巻末,というか,巻の半分程度もが種々の金属や金属間化合物の数値表になっており,なんとも,有難い本だった.

Kubaschewski,O. & Alcock, C.B., Metallurgical Thermochemistry, 4th Ed., Pergamon (1967) pp.495

いや,実はこの本,冶金系の熱化学ではバイブルともいえる本のようだ.大学の図書館から借りたが,装丁はボロボロで背表紙はガムテープ貼り.ページをめくるたびに埃やカビがたって,目元が痒くなる.ありがたいことに諸先輩方が重要な箇所に波線を引いてくれているし,結論的部分は四角枠で囲んであったり,数式の間違いを鉛筆で訂正までしてくださっている.
 英文は平易で読み易い.数式を追いながらサクサク読める….
 いや,頭の悪い私がなんの難しさも感ぜずに読める筈がない.なんとなく…どこかで,読んだことがあるような….
 実際,読んだことがあるような,どころではなく,金属の相変態を最初に勉強した時につかった教科書

小原嗣朗: 金属組織学概論, 朝倉書店(1966) pp.256

の説明,式の展開とほとんど変わらなかった.この本もとても良い本だが,Kubashewski と小原先生とどちらが先なのだろう.1967年時点で第三版にまでなっているKubashwskiの方が先なんだろう.まぁ,「金属組織学概論」は学部の教科書だし,熱化学について詳細に説明しているわけではないし.

因みにMetallurgical Themochemistryは改訂第6版が1993年に出ているらしい.しかし,絶版.ペーパーバックでほしいところだが,Amazon.comでも入手不可になっている.残念.

天気図の日

02/16/2008

毎日何かしらかの日ではあるのだが,今日は天気図の日晴れ.明治16年(1883年)に日本で初めて天気図が作られた日.

小学校の理科で天気図と書き方を習った覚えがある.天気図作成が夏休みから秋にかけての一時のマイブーム.毎日,NHKラジオをエアチェック(死語?ペロリ)しては,近くの書店で買った天気図用紙に各地の天気,温度,気圧,風向を記入した.観測点の間に定規をあてて,等温線,等圧線などを色鉛筆で描くと,消しゴムの跡で汚れていたりしたが,一端の天気図が出来上がり.新聞掲載の天気図と比較しても遜色ないなどと自画自賛.台風が接近する頃には,床下&床上浸水を心配しながらも,台風の進行がドラマチックでワクワクしたし,上陸前に熱帯低気圧になってしまった時は残念だった.

四半世紀が過ぎたが,手書きの天気図の書き方はあまり変化がないようだ1).時代が変わったなぁと思うのは,東シナ海から西側の中国本土の観測点が加わったこと.当時は国内観測点と洋上の観測点を合わせて50点程度だったと思うが,国内観測点の放送は減り,その代り,長春,大連,北京や漢口などが加わっている.とはいえ, まだ将軍様の地域は提供していただけないようだクール

各都市の気象情報は中国から公式発表があるようだが,残念なことに,中国より黄砂に関する気象情報の提供が受けられなくなった2).気象情報は国家機密扱いということでデータ提供を拒否したということらしい.驚くこともないが,気象情報は軍事では重要な情報.

かつては気象情報というより気象現象そのものも軍事機密にされた.例えば,旧海軍の第四艦隊事件では,台風の進行方向に向かって第四象限で最も風雨,波浪が激烈になることが判明したが,軍事機密として伏せられたという.また,ジェット気流も日本,米国,ドイツ,それぞれがその存在に気が付いていたが,軍機扱いとなっていた.

今時,気象衛星や地球観測衛星で気象情報など得られるだろうとも思われる.しかし,やはり,軌道上からの観測と地表・上空の実測との照合の蓄積がなければ,気象データとして精度は落ちるだろう.

さて,今時の天気図の作成は手で等温線や等圧線を描く必要はないらしい.天気図作成ソフトWeather Chart Editorというのもがある.これはNHK放送の気象情報を入力するだけで,なかなか美しい天気図を作成してくれる.残念なことにtenki.jpを見回っても観測地点の気象情報データは見当たらないので,あのノッペリ平坦なNHKアナウンサの声を20分間聞き入らなくてはいけないようだ.


1) 天気図の記入方法
2) 「黄砂予報精度かすむ、国家機密と中国がデータ提供拒否」(読売新聞 2008年2月16日14時34分)

明けましておめでとうございます

謹 賀 新 年
かなりご無沙汰になっているブログですが,本年もよろしくお願いいたします.
年末年始も使えない状態で,ニコニコ動画をみては寝入っておりました.ニコ動もそろそろ飽きてきたので,しっかりと仕事に励みたいと思います.
 

「ThinkPad」15周年記念モデル、レノボ・ジャパンが発売 PC&デジタルカメラ-最新ニュース:IT-PLUS

「ThinkPad」15周年記念モデル、レノボ・ジャパンが発売 PC&デジタルカメラ-最新ニュース:IT-PLUS

ThinkPadのブランドは最初から約束されていたようなものだ.ラバー調の黒の鏡体に赤緑青のIBMのロゴ.シンプルな外観がビジネス向け,高性能との印象だった.事実,性能,外部ポートの充実,サポート体制のどれをとっても巨人IBMのブランドイメージに恥じない製品だった.何よりもIBM独特のキータッチが良かった.ただし,お値段もIBM製品そのものというものだった.そのため,私はThinkPadを一度も保有したことがない.1992年のデビュー当時に販促品として貰ったThinkPad型のノートをいつも持っていたが・・・スマイル

最初のノートパソコンを購入したのは修士1年の夏前だったと思う.$1.00が80円を割り込んだ時に,Compudyne 4DX-33(i486DX 33MHz)マシンを購入した.白い鏡体にペパーミントでCompudyneのロゴが可愛い製品だった.輸入にかかる代金が総額で22万円ほどで,学生の私には清水の舞台から飛び降りる思いだった.
 実はこのNotePCは台湾のTwinHead製だった.TwinHead製のものはi486DX搭載だったが,オーカー・グリーンの筺体と,何より,28万円の価格がネックだった.思えば,瞬間的にドル80円というのが幸いだった.
 購入して1週間しない内に最初の分解し,内蔵モデム,HDD,クロック,LCD,CPU,メモリーと改造が加わっていった.OSは当然,Windows3.1(+Win3.11)のまま.
 Compudyneは博士3年まで5年間使い,就職前のPeru旅行まで奉仕してくれた.

私とパソコンとどっちがいいの!?激怒
・・・困った
ぐぁ~,パソコンと比較された~号泣

というありがちな別れ話のときも小脇に抱えられていた失恋

その次がChandra2.NP40Jだったかな.IBMとRICOHの合弁会社であるRIOS SYSTEMS製.Yahoo!Auctionsで購入.12万円ほど.とても良い製品だったが,1999年にRIOSが解散.ということで,HDDの換装以外はしない状態で,ヤフオクで放出.10万円ほどで売れた.今でも名機と語られるNotePC.使い勝手は良かったが,売り払い時の値段が高価なのが良い品を証明していたと思う.

その10万円を原資に,TOSHIBA DynaBookSS 3470を購入.1999年当時,メジャーになりつつあった,Kakaku.comで価格を比較して,アキバの末広町側のお店で購入したと思う.初めて,OSがプリインストールされているノートパソコンを買った―これまた1週間しないうちにパーティション切りのためにOSはインストールしなおしたけど…クール 今まで使用した中では一番HDDの換装が簡単だった.

ここ3年ほどはVictor Interlink MP-XP7310を使用している.A5モバイルということで,小さくて,軽くて,とても使いやすい.改造にはT7Hという穴開きトルクスドライバが必要だが,それほど難しくはない.と,いいつつ,HDDと無線LANの換装しか行っていない.残念ながらMP-XP7310にはVistaは重く,もう一度,WinXPに入れなおそうかと思っている・・・.

などと,前置きが長かったが,そう,Intelinkを買い替えようかと思っている.というのも,どうも外部VGA出力の調子が良くないからだ.NotePCで発表の機会が多いので,外部VGA出力はどうしても必要な機能.多分,専用出力ケーブルが悪いのだろう.剃刀で裂いてはんだ付けしなおせばOK? こういう時に,卓上X線CTとかあれば便利だなと思う.非破壊で接合状態とかわかるのだから.しかし,ノーパソを我慢して買える値段でもない.

というわけで,ThinkPadがいいなぁ.できればTabletPC型のThinkPad X61 Tablet 778411I.性能はメインマシンにしても良いぐらいHi Spec.何より,液晶をひっくり返してタブレットにすれば,pdfの文献を表示しながら,ペンで蛍光マーキングしたりできる―ソファに寝転びながら.しかし,標準バッテリーが公称3時間しか持たなくて,1.85kgの重さは辛い.拡張バッテリー込みだと2.0kgを超える.ソファに寝転びながら掲げていたら,ベンチプレスになる.

いろいろ考えていると,最近,円高傾向.悲しいことに私のBOA口座は大赤字を出している.これの補填に送金するのを優先するかな・・・お金

消化不良

08/31/2007

Japanese Junk Food はリハビリの甲斐あってある程度て食べることができるようになったが,未だにラーメン店のラーメンはちょっと駄目のようだ.今日の夕方も校門出てちょっとのところにある,雑誌にも掲載された某有名ラーメン店に行った.野菜と言って萌やしが築山のように盛られて出てくるラーメン屋.食べて居室に戻るまでの間にトイレで戻してしまった.具は100% made-in-Chinaだろうが,それとは関係ないだろう.やおらに量の多いものを食したが,胃で座りが悪いというか,食物というよりは異物のような違和感だったせいだろう.

今日は肉体的に疲労が蓄積していたせいかもしれない.ハズレた・・・
 X線回折装置の冷却水系の洗浄やら,拡散接合装置の破壊されたロードセルの交換やらした後に,幕張メッセまでクルマをぶっ飛ばした.「2007分析機器展」を見るため.
 行く必要がないと言えばそうなのだが,装置を見ると約束してしまったので致し方ない.数週間前,挨拶に来た某社の営業さんにある分析装置についてう伺ったところ,分析機器展で実機展示があるので説明員を配置しておくとまでゴリゴリ押されてしまっていたのだ.正直,あれば役に立つのだろうけど,450万なんて金は出ない.年間予算22万2千円の助教に買えるわけがない.
 分析機器展は,まぁ,色々な装置が見れるので楽しいのだが,東京オートサロンとかとは全然趣が違う.まず,ブースのイベントコーナーでは全然音が鳴らない.BGMがないのだ.それに,コンパニオンはあまりいない.雇っている会社―大抵大手だが―もあるにはあるが,彼女たちはいかにも場違で,違和感を醸し出していた.当然ながら,人を撮影するのに違和感のある900mm望遠とかを肩から掛けたカメラ小僧もいない.
 さて,新原理による分析機器なんてのは見なかったが,一層の小型化,情報化と周辺機器の充実化で付加価値を付けるというのが大勢.勿論,お値段もUpper than JPY10,000,000-というのが主流.あぁ,お金さえあれば,効率よく,便利にいろいろできるものだし,保守契約を結べばもっと楽なのに…などと,精神的疲労を負わされて帰路に就く.

研究室に帰って,来週のスケジュール調整と思い,学部学生に電話する.彼の卒論は某D大との共同研究で,先方と訪問することになっていたからだ.来週の彼のスケジュールはどうか?いつが都合よいのかと尋ねるが,どうでも良いとのナマクラな返答.こっちで決めると告げると,「決まったら電話ください.」 これには腸が瞬間沸騰.その消火にMental Pointを消費する.「俺はお前の秘書じゃねぇ!」っと怒鳴りつけるほうがお互い健康的だったかもしれない.

しばし,瞑想して気を鎮めていると,教授が学生室―私の居室―に来て,何やら職の話をしだす.要は公募を探して応募し,3月とかキリの良い時期なんて言わずにどこかへ行けということだった.大きな疲労感を覚えた.Tone down というより Torn down という感覚.
 私を知っている方は9月にもならんとするのに「あれ?何でまだそこにいたの?」と疑問に思っていた方もいるだろう.そう,昨3月下旬にはO州の某E研究所にほぼ転職が決まっていたからだ.しかし,4月新年度を眼前にしたあの時期に突然退職とは何事との教授の言と,また,周囲の助言からスジを通すということにした.E研究所に来年3月末まで待って欲しいとお願いしたところ,無理!,っと.この業界,スジとか恩義とかを大切にしなければいけない.結局は私の判断だし,私の人生だし,それがナンボか?と思えばそうすればいいことだ.
 とは言え,半年でキリのよい時期もへったくれもないと言われるとは.もっとも,前期が終わって用無しなことは確かだ.

まぁ,頭を切り替えよう.Junkを食べることができないのはDietに好都合.来る気のない子には放っておけば手がかからない.いつ抜けてもいいと.今の前途はAll Green と.

怪奇月食

08/28/2007

 月食は年に2回はあるものだが,食の時間に月が必ずしも地平線上に見えるわけではない.だから,頻度の少ない皆既月食を見ることができるのは有難いことなのだ.

CIMG0149とはいえ,今日の東京地方は夕方から雨との予報が出ていた.残念.2010年12月21日を待たなくてはいけないようだ.

実際,予報以上の雷雨.
月に見立てたデリピザを折角用意したのだが,学生は誰も来ないので,「一人皆既月食!」と雷見物しながらパクパク食べていた.この皆既月食は食から回復しない,ゲフーッ. 一応,BGMは優雅にベートーヴェン,ピアノソナタ第14番.

突然,暗闇.

停電してしまった.まぁ,懐中電灯があるし….しかし,電池切れ….まだ,ロウソクがある.…マッチがない….ということで,廊下に出ると,非常灯だけだが結構明るかった.外を見ると,どうやらキャンパスだけが停電.大学の変電設備がやられたのかな? S助教に「ライター貸してください」とお願いすると,「タバコ止めた」とか.それでも暗闇の中机からライターを出してくださる優しいS助教.ロウソクは点いた.

♪Close your eyes. Give me your hands, Darling?

などと口をつくのは世代が古い?

しばらくすると,復電.どうやら大学のメールサーバが落ちてしまったらしい.ネットワークは生きているけど.
明日は屋上の冷却ポンプを再起動しなくちゃいけないねぇ.


北海道、九州地方などで見られた28日の皆既月食【2007年8月28日 アストロアーツ】

誕生日

08/25/2007

歳とともに誕生日の嬉しさはなくなってくるが,なんで誕生日にこんなことしているんだろうなぁっと憂鬱になった.

日が変わっていたのに気付いたのは深夜1時.研究室でご近所迷惑にも"PETボトル踏みつぶし"をやっていたときだ.
ご存じのように,ペットボトルはリサイクルをしやすくするため,ラベルをはがし,ボトルを洗い,潰して小さくして,回収ゴミ袋に入れる.坊や達も私も毎日飲むペットボトル飲料だから,数は半端じゃない.そこで,部屋のゴミ捨てはみんなでやるのが筋だとは思うのだが,これは助教の仕事だ―研究室の維持ということだ.

坊や達はやらないし逃げる.
 嫌なことは嫌とはっきり言わないが,ニヤニヤっと笑って,どこかへ逃げる.実験後の後片付けも,研究室の掃除やゴミ捨てもだ.坊や達の彼女―いるのかなぁ??(笑)-を呼べば率先して掃除するかもしれない…というのは甘い幻想.別に研究室で楽しむわけでもないからね.大体,女の子の衛生観念の崩れも酷くて,未開地生活即対応可という頼もしい娘が増えたものだ.

まぁ,掃除,ゴミ捨てを逃げるのはまだ可愛いほうで,末恐ろしいことに,輪読を逃げる.
 この研究室は公式の輪読はない.その代り何年か前までは近い研究テーマの学生と助手(私だ)で三々五々グループを作って,研究上重要な書籍を一緒に読んでいた.しかし,その三々五々グループを作るのが成り行きなためか,坊や達は一緒に本を読もうとすることを本気に考えない.本読むこと自体面倒だし,スケジュール的に束縛されたくないのだろう.
 で,逃げる.

単に私の教育能力の不足でもあるが,私も逃げているのだ.
 つまり,この坊や達を立派な学士や修士にする困難な仕事から.彼らがまともに研究論文を書けるようになるまでの教育的労苦に比べれば,卒業論文,修士論文の代筆など楽なものだ.研究発表のためには,同じテーマで何度も繰り返し文章を書くし,いつもその研究のことを考えているので,データが揃っていれば修論程度など1,2時間あれば初稿は上がる.博士課程学生の頃から,一体何本の卒論を出してきたのだろう?
 とはいえ,自分の名前がつかない著作を書く,あるいは,自分の名前でない発表の準備をする,実際に発表を行うという,Ghost writingほど屈辱的なものはない.今はできなくてもいつかは復讐するという理力の暗黒面の力―Darkside of the force―を得ないと書き上げられない.

結局,放任.
 向こうからやりたいと言わない限り,やることを明確にさせない限り,私は私のことだけをする.結果,無為に1年なり,3年あり過ごして,人間のクズとなった彼らを,あぁ知らないよとゴミ同様に捨てる.なんて大きな生ゴミだろう.

私もいい加減38歳になった.ここは大人になって割り切ろう.
坊や達には研究をさせない.私の手伝いが「研究」になるのだと.

理工系で損をした? ―第2報―

08/19/2007

 さて,学歴を勘案すると,法文系と理工系の賃金格差はどのようになるのだろう.

理系.infoには,2006年の大阪大学の報告によれば,22歳から60歳まで働くと仮定の下,理系の総収入が3億8400万円,文系の総収入は4億3600万円.差額,5200万円とか.この値の最初の印象は,生涯総収入が4億円前後というのが驚き.この記事は松繁寿和准教授(大阪大学)の調査1)をもとにした「理系白書」2)からの引用をしている3次資料なので,どの程度ことが正確になっているかわからない.ともあれ,松繁准教授の調査は,これは恐らく大阪大学の卒業生を対象にしているあろうから,一般より賃金が高い集団のハナシと思われる.本学も一応一流大学であるからして,この学生のボヤキにはこの調査を下に現実を探るのは悪くないだろう.

ということで,国税庁の平成17年度資料3)と,松繁准教授の1997年の調査を比較してみる.国税庁の資料は年齢階層が5歳毎の表なので,10歳毎に変換した.

阪大様恐れ入りましたー.

グラフを見ていただければわかるが,20歳以上のどの年齢階層においても,阪大卒(多分)の平均賃金は一般のそれより多く,30歳以上になるとダブルスコアの様相を呈する.
 いや,確かに阪大文系の平均賃金は阪大理系を30歳代から40歳代で追い抜いて100万円以上の差をつけていく.これをもって,文系優位といっても間違いではない.生涯賃金で5,000万円も差がつくのは,圧倒的優位ともいえる.
 しかし,学士会員と一般の賃金格差に愕然.平均で倍以上とは・・・.しかも,50歳代になると,一般の平均賃金は下降し始める.停年退職の時期が50代半ばという職種もあるからだろう.一方で阪大卒は更に上昇する.役付きになるか,上級幹部になる比率があるためだと思われる.理系.infoには60歳以上の平均賃金は触れられていなかった.企業で上級幹部となれば,当然,企業の天下りもある.退職後の生活の余裕も格差が大きいと推測される.

諸外国に比較して,日本では学歴格差は著しく小さいと言われてきた.

日本では一見学歴社会が崩壊し,高等教育を受けることが,あたかも意味を失いつつあるかの印象を与えているが,それは間違いである.(中略)
大学が乱造された結果,(中略),有名大学を卒業すれば一生安泰といった考えが成り立たなくなった4)

ということだ.後半の大学が乱造されたら有名大学が云々は筋が通っていないが,要は,大卒といっても大学によって質に雲泥の差があるということだろう.

学歴によって結果的に賃金格差がこれほど拡大してきたからと言って,格差社会は是正すべきというのは短絡的.
 専門知識を苦労して身につけたのであれば,それは報われなければならないだろう.しかし,実際には,専門知識を苦労して身につけた者は,報いられることを期待せず,報酬を自らの更なる労苦で獲得しなければならない.大卒だからと言って口を開けていれば賃金が入るわけはないし,恐らく誰も思っていないだろう.ただ,労苦の度合いがどの程度か,思っているほどに十分報いられているかが問題となる.
 「理系って損っ」というのはここを指していうのだ.

ということで,私もかなりヒガミがはいる意見となるが,これまでの法文系の高賃金は労苦の割には報われすぎていたと思う.それは,特に金融証券業は国際競争にあまりさらされておらず,大きなコストダウンと高効率化を強いられてきていなかったからではないだろうか.しかし,金融国際解放がなされ,これからはそうもいっていられなくなるだろう.諸外国のホンモノの専門知識と,エゲツなくそれを利用する知恵を備えたものとの競争に晒されるからだ.もしかしたら,これからは製造業の中にいる方が安定して高賃金を得られるかもしれない.

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  1. 松繁寿和:「大卒者の企業内賃金の分析」『所得分配の実態と国際比較に関する研究』 第4章 労働問題リサーチセンター(1997)101-106
    恐らくこの調査だと思われるが,この資料は私の手近では手に入らない.
  2. 毎日新聞科学環境部:理系白書, 講談社(2003)
    理系さんを援護するような本のくせに,著者は明示せず,組織名にしてしまう,真に持って滑稽な本だ.よくもまぁ,こう理工系の教育をロクにマトモに受けていない体裁で刊行を敢行できるものよ.ちなみに「理系白書」であって,「工系」は眼中にない.
  3. 国税庁長官官房企画課: 平成17年分民間給与実態統計調査, 国税庁, 平成18年9月
  4. 岡田尊司:誇大自己症候群,ちくま新書(2005)p.166

理工系で損をした?

08/19/2007

明日から院試―大学院入試―が始まる.3日間ではあるが,明日は外国語科目のみ.本学ではTOEICで外国語試験に変えることができるので,明後日から試験という学生がほとんどかもしれない.

毎年この時期になると,院試勉強のB4(学部四年生)をみて,M2(修士2年生)が言う;

理系って損ですよね.文系の連中って学部のうちサークルとかで遊びまわっているくせに,銀行とか証券とかに就職しちゃうと,俺らよりいい給料貰っちゃうんですから.

理工系の学生にとって,鬱になる現実だ.いや,本当に現実なのか?

国税庁の「平成17年分民間給与実態統計調査」1)によれば,平均給与は金属機械工業が金融保険・不動産業を15万円ばかり上回る.ちなみに,昨今給与の良いとされるIT産業が属する運輸通信公益事業は50万円ばかり,平均で低い.とはいえ,いずれも全産業平均からみれば,70万から120万円ばかり平均給与は高い.文系クンが金融関係に行かなければ,得とは言えないのだ.

平均値での比較は大まかであるので,給与階級別―つまり,給与の分布で見てみよう.グラフに積み上げグラフ(累積分布グラフ)で給与の分布を示している.
 この図ではプロット線が高額側にあるほど,業種として高給であることを示している.全業種平均が一番左側で低所得がわにあるように,注目した3業種はいずれも他の産業より給与水準が高い.300万円~700万円まで,どの業種も従事者が最も多いと思われる給与階級では,金属機械工業金融保険・不動産運輸通信公益事業より高給である.ということは,20代から30代,40代前半ぐらいまでは金属・機械工業が平均的に暮らし向きは良いとも言えるかもしれない.
 ところが,700万円を超えると,金融保険・不動産業は金属機械工業よりも右側にグラフが出て,高給を受けている従事者が多くなることが示されている.グラフからもわかるように,この業種は600万円以下で急激に立ち上がり,700万円超で緩やかに上昇するカーブを描いている.このことは,金融保険・不動産業は600万円以下の給与層が万遍無くおり,700万円超の給与層が一部ではあるが,他業種より多くいることを示唆している.中位点の値が444万円と平均より約100万円低いことからみても,金融保険・不動産業は給与格差が大きい業種であることがわかる.
 運輸通信公益事業も平均給与と中位点に60万円ほどの差があるので,給与格差が多いかもしれないが,そもそも,運輸業と情報通信業を一括りにすることが,今となっては,無理がある.全業種平均の平均給与と中位点も約100万円の差があることから,日本全体で給与格差が出ていることを反映していると思われる.
 金属機械工業では平均給与と中位点の差が15万円と小さいので,給与格差は比較的小さな業種といえるだろう.また,200万円以下の給与層も少なく,この業種に入れば平均よりも100万円程度高い給与でそこそこの生活ができるものと思われる.

とすると,別に機械を出たからって損しているわけじゃないんじゃないの?ってことになる.しかし,実態とちょっとそれは離れている.それは,この業種別の給与では学歴,職歴が反映されないからだ.

表1: 業種別平均給与と中位点給与

 金属機械工業 金融保険・不動産業 運輸通信公益事業 平均
平均給与(万円) 559 545 503 436
中位点(万円) 544 444 441 341

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図1: 業種別の給与階級別割合


1) 国税庁: 平成17年分民間給与実態統計調査 ,平成18年9月

終戦の日 -少年の場合-

08/05/2007

私も先々長くないだろうから書けることは書いておこう.

 

広島県呉に生まれ育った父は当時旧制中学1年生だった.7月末より動員され鎮守府の工場で機械工をしていた.もとより機械系のセンスのない父なので,任せられた旋盤でのネジ切りで,捩じ込めないネジを量産していたらしい.時局困難なあの時期に益々物資を浪費するとは国賊モノ.しかし,周りの大人たちも仕方ないと諦めていたらしい.彼らとて本物の職工ではなかったからだろう.資源不足は物資だけでなく人材にも及んでいたようだ.

よく晴れ上がった日だったらしい.瀬戸内の夏は暑く,昼前に工場外の広場に整列した際には,ゲンナリしていたそうだ.8月6日の新型爆弾の説明かと噂がたってもいたらしい.8月6日の朝礼時に広島方面から大きく立ち昇るキノコ雲を目撃し,その後の風説に広島全滅と流れ,誰もが広島市内の親戚や家族のの心配をしていたようだ.朝の爆撃に昼には既に捜索隊,救援隊が出発しており,その報告がされるのではと皆期待していたらしい.父も2人の姉が己斐と東雲におり,また,看護婦だった別の姉が広島にいったきり帰っていなかったのが心配だった.彼女らのその後が短かったのは言うまでもない.

期待は裏切られ,よく聴き取れない放送を聞かされた.

「負けたみたいだぞ」

誰もが茫然だったようだ.誰もがやがて来る結末と諦観を抱いていたようだが,やはり,受容れてはみても実感には届かなかったのだろう.午後は作業打ち止めということで誰もがトボトボと帰宅したらしい.帰り道に不意に空襲警報がなることも―既に空襲警報は鳴らぬか,無意味となっていたらしいが―,米軍の艦載機に銃撃されることも,無くなると言われたのにはホッとしたとか.

翌日,父達徴用工は正式に解雇された.意外とそのあたりは軍も律儀で8月半月の給料に退職金も出たそうな.呉鎮守府という,被害が軽く―とかいいつつ呉市は焼け野原に近かったようだが―まだまだマシな街だから,お金も出せたのかもしれない.この退職金というのがとても嬉しかったらしく,特に,日割で大人と同じ額が出たというのを得々と聞かせてくれる.少年にとって大人と同等というのは昔から何よりも誇らしい栄誉なのだろう.同日に新規雇用され呉鎮守府の兵器解体,秘匿―土中に埋めること―の職をあてがわれたそうだ.残念ながらこの仕事では給与はほとんど出なかったようだ.8月末の給与日には雇用者は進駐軍になっており,チョコレート以外では,ドケチな米兵に労働を強いられたそうな.

皇国少年の身の翻し方は大人顔負けに早かったようで,9月には肉体労働に加えてGIクラブで下働きをするようになる.「英語を勉強するため」というが,どうだか・・・.GIにからかい半分で飲まされたCokeは衝撃的で,これが強者の味わう旨い飲み物なのだと思ったらしい.微妙な感想だ.当時のCoca Colaのフレーバーは薬のようだったと多くの日本人が語っている.森繁久彌も衝撃とは言っていたが美味とは言っていない.物心ついたときには戦時中でロクなものを食べていない少年だからこそ美味くも感じたのかもしれない.

戦後の間もない頃は衝撃的体験の連続だったらしく,父の話はとても長くなる.中学生の頃の私は,「お前まともに学校行っていなかったんじゃねぇの?」と内心反駁したが,絶対者に反抗するほど勇気はなかった.とはいえ,墨塗り教科書ばかり学校にいっても勉強なんてということだったらしい.鬼畜米英への敵愾心は,やがて,帝国を葬った国をこの目で見てみたいとの野望に変わったようだ.勉強して学を積まないことには日本を出ることもおぼつかないと思い至り,学校に戻ったようだ.

終戦の日

08/15/2007

「終わったねェ」

祖母は立ち上がりながらそう言ったそうだ.1945年8月15日.上海虹口にある住居の居間.木製アーチ型布張りのラジオの前に兄と正座されられていた当時6歳の母には放送の内容はわからなかったそうだ.祖母がそのとき安堵を覚えた,前途の多難を危惧したのか,27年間に及ぶ上海生活が去来したのか,今更ながら,尋ねておけばよかった.

明治33年(1900年)長崎県諫早生まれの祖母は,18歳のときに保守的な両親の下から出奔,上海に渡った.当時日本企業が多く大陸に進出し,上海には多くの日本人が住んでいた.祖母は,最初,郡是製絲株式会社(現グンゼ㈱)で現地縫製工―要は中国人お針子―の縫製指導員をしていたらしい1)

既に東洋最大の都市となり,「魔都」とも称された上海ではとても楽しい日々を送ったようだ.蘇州の湖で友人らと水着―大正時代の水着だから露出度は推して知るべし―を着て水遊びをしていたところ,現地警察に猥褻であるとして捕まったことを得々として何度も祖母は話したものだ.上海領事館から引き取りの迎えが―大仰だなぁ―まだ若かりし頃の重光葵だったとか2).東亜の中心都市であった上海には今流で言うセレブが多く集まっていたらしく,宋家三姉妹が輿に乗ってどっかへ行ったを見たとか,内山書店で茶をすすっていた魯迅と話したことがあるとか,若きイサム・ノグチを見たことがあるとか,祖母は,まぁ,嬉々として繰り返し繰り返し孫の私に語っていた.残念ながらセレブの世界には入れなかったようだが,船乗りだった祖父と出会い,結婚した.

重光葵に関しては「足が吹っ飛んだ」3)目撃談もしてくれることがあったが,既に,楽しい上海ではなかったようだ.祖父は,船乗りの宿命,家を長期で空けていたが,仲睦まじかったようだ.祖父は教養人で大人しい性格だったから我儘で苛烈な祖母と性格が合ったのだろう―合わせて貰っていた?.2人の男児を授かったが,上海事変(昭和7年(1932年))で炎上する市街を逃げ惑う中,背中におぶった次男が死亡.火除けの袢纏の下におぶられていたが,赤子は熱に耐えられなかったようだ.数年後,長男も誘拐され行方不明となった.当時―今も?-中国では児童人身売買が活発で,日本人児童は高値取引されていたようだ.そんなことに遭ったかは無論定かではないが,長男がいい人のところでいい暮らしができていればと祖母は願っていた.とはいえ,山崎豊子『大地の子』は「嘘っぱち」と大嫌いな小説だった.その後,叔父と母が生まれる.

日支交戦,満州・華北の戦闘が長江流域を遡上し,対英米開戦と泥縄式に拡大する戦争が「大東亜戦争」と呼ばれるに至り,上海の生活も時局の困難さが反映されるようになっていったらしい.洋装や長袢4)といった御洒落を好み,朝食はチーズとクロワッサンに紅茶と決めていた祖母―要はフランスかぶれ―も,モンペを穿かされ,マズイ日本食になったらしい―内地の人が聞いたら憤激.戦争末期には竹槍訓練もあったとか.貨物船の船長となっていた祖父は徴用され南方に行っていた.潮が引くようにユダヤ人商人がいなくなり,「李香蘭がフランス租界に逃げ込んだ」と流言が飛び,終戦は間近と虹口の誰もが確信していたらしい.

玉音放送は華人を明るくしたが,邦人には困難な時代を告げていた.祖父を待って引き揚げを延ばしたようだが翌年諦めて帰国.勘当されていたので長崎の弟の許に母子三人で居候となる.徴用されていた祖父は戦争協力者としてフィリピンでC級戦犯となっていた.引き上げ前後の混乱は,互助もあれば裏切り,騙しも横行し,また,外地引揚者への差別も待っていた.あまり聞きたい話ではなかった.話したい話でもなかったようだ.

「赦せるかねぇ,赦せんわねぇ」
「負け戦だけはしちゃいかん,けどあの人はしなすった」

昭和天皇のことである.一歳年下の「颯爽とした」摂政宮は,同年代の上海仲間ではアイドル的扱いだったようだ.ニュース映画や新聞で見る笑った顔がユーモラスだったり,洋装が「カッコ付け」っぽくダサい感じが彼女らに親近感を湧かせたらしい.畏れ多いとも思わず,それは日本を離れていたからなのかもしれないが,案外当時の日本人女性も今の女性セブン的に皇族を捉えていたのかもしれない.もっとも,2人の息子をとられたのだから赦しようにも赦し難いだろう.しかし,崩御の折に

「陛下も苦労しなすった」

と言った.

余談だが,祖母は平和主義者ではない.小学生の私に,

「トシちゃんが大きくなるころには,また大戦(おおいくさ)やって勝たにゃいかん.勝って腑抜ケた国を立派にせにゃねぇ」

と超右翼発言を言い聞かせている.残念だか,幸運だか,大戦はなかったし,これから私が徴兵される戦争があるとすれば負け戦だろう.腑抜ケと揶揄されぬように,そうねぇ,Billy's Bootcampでも始めようかな.

 


1) 郡是製絲株式会社に雇われていたのが結婚前だったらしいが,同社がどのような形態で中国に進出していたかはよく分からない.グンセ㈱の社史を調べてみたいが,市販されているわけでもないようだし・・・.

2) 未確認.重光葵(しげみつ・まもる)は大正時代には既に外務省に入省し,各国公使をしているが,大正7年から12年の間に上海にいたかはわからない.

3) 重光葵は昭和7年(1932年)4月29日の天皇誕生日に,上海虹口公園での天長節祝賀式典で朝鮮独立運動家の爆弾テロに遭って右足を失っている.この祝典には在上海日本人が多数集まっており,多くの人が目撃している.

4) ツァンソンとかと言っていたが,多分,派手目のアオザイかチャイナドレスのことかな?

復活の私

08/10/2007

寝覚めしか 今一時よ 蝉時雨

2007_0809_020

朝7時の時点で既に外気温31℃,室内気温32℃.寮のメイちゃんもウダル~っとダラダラしています.

中国から飛来する光化学スモッグか黄砂か,あるいは,フランスで貰った病気か,よくわからないけど,7月の初めからこのかた頭痛,咳,高熱と悩まされてきました.咳はどうにか良くなりつつあります.頭痛は相変わらず.熱は夕方から夜に微熱と悪寒.とはいえ,なんとか気力が回復しつつあるのが助け.

やはり,病気になったらJunk Food食べないと栄養が補給できませんね.今回の特効薬は

  1. サッポロ一番塩ラーメン → 塩分を補給
  2. マクドナルド フィレオフィッシュ → エネルギの充填
  3. 興華1)の1番定食,2番定食 → 満足感

石川台駅前のタコ焼きは下痢起こしましたが・・・.これでMagie Mooseのアイスクリームが食べることができれば,全回復―回腹でも開腹でもありません―なんだけど・・・.

さぁ,出勤しましょう.

 

1) 興華: 大田区南千束にある中華料理屋.大陸系中国人留学生にいわせると台湾料理屋.某大機械系学生がここを覚えると,夜昼なく研究する状態に入った兆候.
 800円程度で満腹になれるお店.日替わりの定食1番,2番は1人前チャーハンと1人前ラーメンがついて800円.ここの1人前は普通の2人前.中華あんかけモノがお勧め.例えば,焼きそば中華あんかけ,中華丼.特にカタ焼きそば中華あんかけは美味しい.

出張旅費

07/24/2007

気がつけば,もうすぐドイツ・フランス出張から帰って1か月になる.そろそろ,出張の様子も記録にとどめておこうかと思う.しかし,どうにも苦々しいコーヒー.というのも,この出張の経費は自腹になることが濃厚となっているからだ.

先月の出張は6/17発―6/27着で,6/25を休暇とし,他が公務.なぜそうなったのかは,直前に見学予定がキャンセルになったからだ.6/26にパリ,シャルル・ド・ゴール空港(CDG)を発って,機中泊で翌日6/27に成田(NRT)着.しかし,6/25が休暇となったため,6/25にCDG発で6/26にNRT着の見積もりをアイミツとして提出しろと経理からお達しがあった電話

困った.既に過去となっている航空便の旅客運賃の見積もり.当然,見積もりというのは事前にとるものであって,見積もりの日付は航空便の出発前でなくては矛盾が生じる.無理なことお願いすることになるなぁと思いつつ,今回の使った航空会社に電話電話.相談係りのお姉さんに事情を説明して,軽く見積もり書いてくださいとお願いしたところ,

「過去の便に関する見積もりはいたしかねます.」
「見積もりには日付を入れ,社印を押しますので…」

そうりゃそうだろうなぁ.大手エアライン飛行機に,ある意味有印私文書偽造クールをお願いしているのだものなぁ.遵法を旨とする真っ当な会社ならお断りだろう.

という訳を経理担当に電話でお話.すると,

「兎に角アイミツをとってください.旅行会社とかありませんか?」

あぁ,そうか.大学というところは官公庁と同じで書類は厳しい.特に経理書類は厳しい.あまりの厳しさを回避するために,商社やナンデモ屋さんを間に介して伝票を操作して貰っていたりする.例えば,かつて校費は掛売りのみだったので,現物を購入したときは領収書を商社に渡して,見積書・納品書・請求書を発行して貰っていた.勿論,商社は伝票手数料として最低5,000円以上,購入額10%をとっていた.手続きの柔軟性を得るために,経理の不明朗部分をアウト・ソーシングしていたわけだ.
 最近は経理処理も柔軟になったので,そういうことはなくなったのだが,今回はそれをやれということらしい.不法行為を教唆されるとは,困ったものだイヤミ
 更に,私は海外出張が多い方なのかもしれないが,昵懇にしている旅行会社なぞない.ご存知のように,今時,旅行会社なぞ只の中間搾取業者でしかなくない.早割とか,ネット発券,eチェックインができるようになって,格安航空券なぞ割に合わないものとなったからだ.その上,ホテルもネット予約ができるし,出張パックならエアラインだってやっている.公務で旅行会社はずっと使っていない.使えば公費なので,不便なうえ,ぼったくられるのは判りきっている.結局,3社電話してみたが,

「今回のご旅行は当社の扱いでないので

断られた悲しい

となると,自腹号泣.実は今回は法人運営費―かつての校費―ではなく,某財団からの寄付金.これを返納することになる.その事務手続きは非常に煩雑だ.

「返納手続きの煩雑さと,アイミツをどうにかする面倒くささとどっちをおとりになりますか?」

などとお伺いしてみたい.実際,経理がこのての「面倒くささ」を相手によっては適当にこなしてしまうのは知っている.今回の出張では国際会議の後,2ヶ所の大学と研究所を訪問する予定だった.この手の訪問には相手が受け容れを認めた旨を書いた書面を提出しなければならない.建前上は.しかし,方々の秘書さんとか助手さんの話によれば,どうも教授はこの限ではないらしい.というか,その書面を提出書類に添付してくる先生なんて聞いたことがないなどと言われたこともある.それができれば,公務と言って遊び呆けることができる―などと畏れ多いことは言わずとしても,休暇などとせずに適当に公務を入れて,アイミツをとることを回避することなど容易い.

まぁ,助手―今は助教と呼称が変わったが―だから仕方がない.かつて助手になったばかりの時に同じ学科のI教授が言った.

「助手の時は持ち出しが多いからなぁ.」

全くその通りだ.